減少した消費者金融

全国の貸金業者が減少していった理由

ここ10年の間に全国の消費者金融の数が約7分の一にまで減少していきました。これは2010年に施行された貸金業法改正により、それまで当たり前のように取っていたグレーゾーン金利が違法と認定されたことから、取り過ぎた金利の返還請求が全国で勃発したことで、倒産あるいは廃業していった消費者金融が多かったのがその理由です。

武富士や三洋信販といった最大手であっても、過払い金請求で息の根を止められたのですから、中小以下の貸金業者が生き残るのは並大抵ではなかったことは容易に想像できます。

減少する消費者金融

また、出資法で定められる上限金利がそれまでの29.2%から18.0%に引き下げられ、以前のようにボロ儲け出来なくなったことも理由の一つと言えるでしょう。他のページでも触れましたが、20年前には70.0%もの金利が認められていた時代もあり、その当時の貸金業者は高い金利を享受してボロ儲けをしていました。

その当時のことを知る業者は、18.0%のような金利ではアホらしくてやってられないと考えるのも無理はありません。

取り立てに際しての規制が敷かれたことも要因の一つ

支払いが滞った場合の貸金業者の取り立ては凄絶を極めます。借りる側にとってみれば、そういった恐怖があるからこそ無理をしてでも支払うという抑止力にもなっていたわけです。厳しい取り立ては何も中小規模の貸金業者の専売特許ではなく、大手の消費者金融であっても過酷な取り立てをしていたことは、過去の新聞記事でも明らかなことです。

貸金業法で規制された取り立てについての規制は以下のような項目となります

  • 不適当な時間帯での取り立て行為0夜の21時から朝の8時の間の取り立て行為は禁止となります。
  • 不退去0帰って欲しいと言われても居座ることは禁止となります。
  • 威力業務妨害行為0玄関に張り紙をしたり他人に借金があることを知らしめる行為は禁止となります。
  • 勤務先への取り立て0正当な理由もなく自宅以外の勤務先や実家などへの訪問は禁止となります。
  • 他からの借金させての返済強要0他から借金をさせて返済を迫る行為は禁止となります。
  • 脅迫0大声を張り上げたり乱暴な言動を使うことは禁止となります。

貸金業を開業するにあたってのハードルを高くした

一昔前は簡単な手続きをすれば誰も貸金業を開業できていました。実際、昭和40年代にサラリーマン金融が流行した際、これは儲かるとばかりに雨後の筍の如く貸金業者が乱立したものです。また、当時は規制も緩かったことから非登録の闇金業者も堂々と街中に店舗を構えて営業をしていたことも、現在では考えられないことです。

現在、貸金業を開業するには5000万円の資金を保有していることが必要となります。サラリーマン金融の時代には5万円程度で開業できていたのですから、時代背景とはいえ大きな違いといえるでしょう。また、店舗には必ず貸金業務取扱主任者を常駐しなければならないと規定されましたので、これも個人の貸金業者にとった大きな障壁となります。

また、金貸しは昔から暴力団にとって大きな収益源の一つとされてきましたが、暴力団関係者は徹底排除され、少しでも関与があると分かった場合は即資格の取り消しとなります。

違法行為による罰則の強化

貸金業者のとったら貸金業者の登録番号は重要なものです。なぜならば、貸金業者は店舗にしても広告にしても必ず登録番号を提示することが義務付けられているからです。もしも提示がなければ厳しい罰則に処せられることとなります。

何らかの違法行為をして登録が抹消された場合、以前ははモグラ叩きのように別の会社を設立して貸金業者を開業できていたものですが、法改正により登録が抹消されたものは一定期間貸金業を開業できなくなりました。また、違法行為による罰則も強化されたことから、とてもそんな危ない橋を渡ってするほどの貸金業でもないと判断するに至ったようです。

たとえば出資法で定められた上限金利より高い利息をとっていたことが判明した場合、その罰則は10年以下の懲役または3000万円以下の罰金、またはその両方という厳しいものとなります。たかだか50万円程度の貸付で数千万円の罰金を科せられたらとても引き合うものでないことは子供でも分かることです。

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